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空は青。山は緑。地上を目指す雨は銀彩で、降りしきる雪は純白。

例えばそんな風に、世界は色で満ちている。

 だからこの状況を敢えて色で表すなら、目も眩むような赤だと、少女は思った。

「俺の要求を飲むか飲まないか、お前に選べる道は二つに一つだ。まあ拒否した場合、この子の命は保障できないけどな」

 くくくと低く笑う男の手には黒光りする凶器。その先には、空の青より青い顔をした、トワの姿。震えるトワに拳銃をつきつける男を、ユキが少し離れた場所から静かな怒りを込めて睨んでいる。

 三者三様の感情が綯い交ぜになり赤い激情として染った今を少女はただじいっと見つめていた。

 

事の起こりは、ほんの五分前に遡る――……。

「――――……尚、黄金の画家の別名を持つダナエ氏を誘拐・殺害した犯人は、依然として逃亡中であり……」

「あ! ユキ! おはよう! 今日もお寝坊さんだね!」

 爆音でニュースがかかる匣部屋を、螺旋階段の上からユキが胡乱げに見下ろす。いい歳して難聴でもないだろうに、この爆音は何たることか。

「トワ、音量を下げろ。耳が馬鹿になる」

「えー? なにー?」

「音量を下げろって言ってんだ!」

 声を張り上げて注意するが、お玉片手にキッチンを駆け回るトワには聞こえていない様子。この調子では自分で消した方が断然早い。寝癖のついた黒髪をガシガシと掻き回しながら階段を降りるユキは、中腹に差し掛かった辺りで匣部屋の異変に気づいた。

「トワ、そいつらは誰だ」

「えー? ユキのお客さんじゃないの?」

 猫脚のお洒落な椅子には、見知らぬ顔が二人座っていた。盛大に不機嫌な顔をするユキをニヤニヤしながら見上げるのは、ユキよりも十は年嵩であるだろう中年の男。いい歳をして真っ赤な洒落たスーツを着ているくせに、首元には何故かパンダ柄のネクタイを引っ提げている。どこかの芸人かと見紛うようなナリだが、見た目の割に纏う雰囲気の若い男には、そのふざけた服装が妙に様になっていた。

 パンダネクタイ男の対になるようにして鎮座するのは、これまたパンダの飾り物がついたカチューシャをする少女。歳はちょうどトワと同じくらいだろうか。喪服かと見紛うような黒づくめのワンピースを纏っている。お客様にお茶をいれようと、キッチンでくるくると動くトワを、生気の感じられない瞳でじいっと見つめていた。

「……トワ、ニュースを見なさい」

「えー? 今、お茶の準備で忙しいのだけど」

「いいから。俺の言う通りにしろ」

 どこか緊張感を孕んだユキの声に、トワの動きが止まる。言われた通り、素直にテレビを振り返ったトワの目に映ったものは――……。

 近頃巷を騒がせている天才少女画家が誘拐・殺害されたという事件。殺害された少女画家と、広域指名手配中の殺人犯の顔写真が映し出されている。テレビに映し出された顔写真と我が物顔で寛ぐ二人を見比べたトワは、手にしていたお玉をからんと落とした。

「ユキ……!」

 ここの店長に用事がある、と言ってやって来た二人組の正体にようやく気づいたトワが、慌ててユキの元へ駆け寄る。同時に駆け出したユキだったが、小さな身体はユキに到達する前に、横から伸びた腕に絡めとられていた。

「やだ! ユキ!」

「トワ!」

「おっと。可愛いお嬢ちゃんの頭に風穴を空けたくなかったら、それ以上近づくのはやめてもらおうか」

 にやり、と口角を上げて笑う男が突きつけたのは、黒光りする拳銃。それが偽物か本物か、ましてや脅しか本気かの区別もつかないトワは、こめかみに突きつけられた凶器にただ震えることしかできない。青い顔のトワを見て僅かに表情を揺らしたユキを、男は興味深げに眺めていた。

「実の妹には見えねえけど、そんなにこのお嬢ちゃんが大事かい? 心配しなさんな。お前さんが俺の願いを叶えてくれたら乱暴はしねえ」

「それが人にものを頼む態度か」

「ははっ。違いねえ。だったらこれは、脅迫と受け取ってくれても構わねえよ」

 喉の奥で笑った男の視線が、ふいと動く。その先にあるのは、拳銃を突きつけられたトワを不思議そうに見上げる少女。テレビに映し出されている顔写真と同じ顔をした少女を、男が目を細めて見つめる。それを一瞬の隙としたユキは咄嗟に動きかけたが、男の視線がすぐに戻されたことにより、再び動きを止める結果となった。

「だから心配しなさんなって。要求を叶えてくれたらすぐにこの子は解放するからさ」

「……どこで店の噂を嗅ぎつけやがった」

「ん? お宅さ、以前金魚師親子の相談に乗ったろ。それで父親のテンカを解体したんだって? その話を金魚師の娘さんに聞いて以来、ずっとこの店を探していたってわけ。俺、今や別の意味で有名人だけど、こんな事件を起こす前は一大企業の名誉会長として顔は効いたからねえ。それでも裏社会の人間から情報を聞き出すのは大変だったんだぜ?」

「裏社会……」

「面白いもんだねえ。俺が陽向の人間だった頃は口の堅い連中だったけど、日陰者になってからは面白いくらいに口が軽くなった。だからといって、連中もここのことは詳しく知らないみたいだぜ? 知っているのはえらく色気のある女情報屋が、テンカに悩む人間にこの店を斡旋しているってことだけ。連中に紹介してもらった女情報屋を尾行したのは良いものの、めっぽう警戒心の強い姉ちゃんでねえ。店の場所を特定するまでに、予想以上の時間がかかったよ」

 単純に仕事を依頼するだけなら、リンを尾行するようなまどろっこしい真似は必要ない。そもそも、林檎庵に持ち込まれる仕事の大半が、リンの紹介によるものなのだ。だからこそ、リンは己の目で見て信用に足る人物と判断した時のみ、ユキに仕事を持ってくる。男はリンのお眼鏡には適わないと端から自己判断したため、リンを尾行するなどというまどろっこしい真似をしたのだ。

 よって、詳しい事情を聞かなくてもわかる。この男の言う要求は、厄介事以外の何ものでもない。

「お前の要求など聞く必要もない」

「そんな強がり言ってっと、このお嬢ちゃんの頭に風穴が空くぜ? それとも、この子が死んでもテンカにできるから構わないってか?」

「てめえ……!」

「何を怒っている? アンタの仕事は、テンカを壊すことなんだろ?」

 怒りを露わにするユキを鼻で笑った男の視線が、行儀よく鎮座する少女に向けられる。この異様な状況にも顔色一つ変えない、ある意味大物な少女を指差した男は、溜息のような声を落とした。

「これを解体して欲しい」

「自分が殺した子をもう一度殺せと言っているのか?」

「そうだ。俺の要求を飲むか飲まないか、お前に選べる道は二つに一つだ。まあ拒否した場合、この子の命は保障できないけどな」

 そんな理不尽で凶悪な男の脅迫を受けるつもりなど、毛頭なかった。――――普段なら。だが、今はトワという人質を取られた状態。この距離では男の持つ拳銃が偽物か本物か判断できないユキには、男の脅迫を呑む以外の道は残されていない。

「……せめて、理由を聞かせろ」

「それはイエスと受け取っても構わないんだな?」

「お前の語る理由次第だ」

「ははっ。お前さん、とことんこの状況が呑み込めていないようだな。このお嬢ちゃんを死なせたくないと思う以上、お前さんに拒否権はねえんだよ。勿論、俺を詮索する権利もない。お前さんはただ、この子を壊してくれればいいんだよ」

 だからといって、はいそうですかと従うほど、ユキは素直な人間ではない。いくら生前の人間の記憶を引き継いだロボットだといっても、目の前のこの子には感情がある。心がある。おまけにこの子は、天寿を全うして死んだわけではない。クレイジー極まりない殺人犯に殺されて、それでも将来を嘱望されて生き返った子供なのだ。理不尽極まりなく奪われた命を、二度も奪うような真似はできない。ましてや、広域指名手配中の殺人犯の脅迫を呑むなんて真似、できるはずがなかった。

「……時間をくれ。テンカを解体するには、生前のアイデンティティーを知る必要があるんだ。身体の解体は簡単だが、心を解体するにはそれなりの労力がいる」

 だが、トワを人質に取られた以上、身勝手な真似はできない。だからこそ、嘘をついた。殺人犯から猶予をもらったところで事態が好転するとは限らない。ましてや、トワの安全が保障されるわけでもない。むしろ、男に拘束される時間が長引く分、トワは常に命の危険と隣り合わせの状態になる。それは精神的ストレスも計り知れないものになるという意味だ。幼い少女には過酷すぎる状況だとはわかっている。けれど――……。

「トワのことは気にしないで、ユキは、ユキのお仕事をやって」

 青い顔のまま無理ににこりと笑うトワが痛々しい。無言のまま唇を噛み締めるユキを、男は目元を和ませながら見つめた。

「えーと、トワちゃんだっけ? トワちゃんの健気さに免じて、ユキ君には三日の猶予を与えよう。どちらにせよ、テンカのことは俺の専門外だから、お前さんに一任するしかない」

「どこまでも無作法な奴だな。名乗りもせずに俺へ依頼をするつもりか」

「必要ねえだろ? ほら――……」

 男の目配せする先には、昼のワイドショーを伝えるテレビ。液晶の箱の中では、美人アナウンサーが未だに少女画家誘拐殺人事件の報道を続けている。

 ――――……ダナエ氏を誘拐・殺害した犯人は、大手玩具メーカーを一代で築き上げた名誉会長であり、警察は殺害の動機を調べると共にテル容疑者の潜伏先を……。

「な? 三日間の付き合いだが、よろしく頼むぜ。ユキ君」

 

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