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夏は夜。

頭上には満天の星空。の、ホログラフィー。本当は曇天で、雨が降っている。

ほたほたと雨音を立てる真っ赤な傘を回しながらサラサは満天の星空を忌まわしげに睨み上げた。

「だから、父は故障しているって、何度も言っているでしょう?」

イライラと語気を荒げるサラサの前には、通話用ホログラフィー。半透明なロボットを映すホログラフィーの向こうでは、銀の雨が一心に地上を目指していた。

『そうは言われましても、№ツ・〇八〇三には何の欠陥も見当たりません』

「だって、父はおかしなままですよ? 検査と言ってもたった三日で帰って来ましたけど、ちゃんと調べてくれたのですか?」

『当社の精査を全て受けた上で、担当者が正常の判断を下しています』

「だから、その担当者に会わせてくれと頼んでいるんです!父は絶対に故障してるの!私の父があんなことするはずないもの!」

 我を忘れて怒鳴るも、『№ツ・〇八〇三には何の欠陥も見当たりません』と無機質な声が返ってくるだけ。全く手応えのない押し問答が、逆に神経を落ち着かせた。

 銀の雨をぼんやりと見遣りながら、通話用ホログラフィーの電源を落とす。半透明ロボットの残像は、直ぐに銀の雨が掻き消してくれた。だからと言って、この焦燥感まで消えることはない。

「どうすればいいって言うのよ……」

 片手で額を押さえる。もう片手で真っ赤な傘をくるり。

満天の星空の下には、超高層ビル。ビル一面に映し出された映像には、玉のような赤ん坊が元気いっぱいの産声を上げていた。

 愛らしい赤ん坊はすくすくと育ち、悪戯盛りの悪童へ。少年から立派な青年へと成長した彼は、やがて暖かな家庭に恵まれる。優しく美しい妻と、愛らしい二人の子に恵まれた彼は、緩やかに歳をとっていく。

そうして、人なら誰しも訪れる、死。それは年老いた彼にも例外なく訪れた。

彼の死を受け入れられない家族の元に届いたのは、一枚の紙切れ。紙切れの見出しには、『テンカロイド製造申請書』と書かれていた。

一も二もなくサインした家族の元に、やがて真白の棺桶が届く。中には生前の彼と瓜二つのモノ。ぽっかりと目を開いた彼は、生前と変わらぬ笑みを浮かべながら言うのだ。

『おはよう。良い朝だね』

 彼の復活を泣いて喜ぶ家族と、にっこりと微笑む彼。第二幕の人生、始まり始まり。そこには、彼の死を悲しむ人なんて一人もいない。誰もが倖せになれる現実がそこにあった。

 テンカロイドの公式宣言映像から目を逸らしたサラサは、きつく目を閉じて俯く。

 長寿大国を誇る日本の医療技術は世界の最高水準に到達したが、最先端の医療技術を駆使しても永遠の命を手に入れることは難しい。臓器の人工化には着々と成果を上げているが、心臓と脳の一部の人工化にはまだ到達していなかった。

 人類の憧れである「永遠の命」。神の領域に到達するため、人類は見てくれよりも心に重きを置いた。対象そっくりのロボットに人の心を宿すという、壮大なプロジェクトに着手した。

 近代科学と人類の憧れが詰まった結晶体。それが人生保存型パーソナルロボット・テンカロイド。人の心を持った人造人間というのがコンセプトらしいが、実際のところは人間の外見に似せたロボットを細かな設定で動かせるというもの。身長、体重、骨格など大まかな外見的特徴から、体温、血圧、脈拍、爪の形までの細かな設定もできる。

だが、テンカロイドの真骨頂は、緻密なビジュアル設定ではない。特出しているのは、心の技術。対象の生まれてから死ぬまでの膨大な記憶をインプットし、状況に合わせてアウトプットすることができる。実際のところ、人生における膨大な情報を集約し、リプレイしているにすぎないのだが、その保存量は従来のスパコンを遥かに超越している。ただし、保存されている情報を状況に合わせてリプレイしているにすぎないテンカロイドには、想定外の状況への処理能力がないという欠点があった。

しかしながら、そのデータ量は無限だと囁かれるテンカロイド。保存されている情報量が多ければ多いほど、より対象に近いロボットを作り出すことができる。近代科学の全てを総動員して、一人の人間そっくりのロボットに仕立てることが可能なのだ。

そしてこの日本では、最愛の人を失った後に対象そっくりのテンカロイドを作ることが日常茶飯事になっていた。

(私もみんなと同じように父を取り戻しただけなのに……)

更なる情報処理能力はなくても、テンカロイドは対象をそっくりそのままコピーすることができる。まるで、死んだ人間が生きているかのように振舞うことができる。だからこそ、テンカロイドは近代科学の最高傑作だと、人々は褒めそやすのだ。

最愛の人との永遠を生きるために、テンカロイドは開発された。残された者が悲しみに暮れることのないように、神様が与えてくれた永遠の命。

永遠の命を手に入れた人類は、人の死に泣くことをやめた。公式宣言映像の家族のように、ただ笑って最愛の人の復活を喜べば良い。なのに。

今のサラサは、欠片も笑えない。最愛の人との永遠を手に入れたはずなのに、その胸の内には悲しみと不安しかない。けれど、テンカロイドの製造を一手に請け負っている政府はサラサを突き放した。あの壊れた人形を、サラサの愛した父親だと公言した。最後の砦を失ったサラサは、これからどこへ向かえば良いのだろう。

「……誰か父さんを直して」

 満天の星空と、ささめ雨。永遠の命と、壊れていく人の心。

 この世界はちぐはぐだ。世界の悲しいこと苦しいことを、キラキラとした美しいもので隠してしまっている。それを倖せだと言って笑う人間は、この世界の何よりも狂っているのかもしれない。

 それでも、サラサは信じていたかった。サラサの憧れた父だけは本物だと、永遠だと、信じていたかったのだ。信じていなければ、今にもこの世界の定理を否定してしまいそうだった。

「あなたのお父様、壊れてしまったの?」

 ふいに、声がした。

 春のひだまりのように暖かくて、柔らかくて、澄んだ声。

 幼さを含んだその声に、ふらりと顔を上げる。いつからそこにいたのだろうか。銀の光彩の中には、淡いピンク色の傘を差した少女が立っていた。

「お父様、壊れてしまったの?」

 暖かくて、柔らかくて、澄んだ声。

 無性に落ち着くその声に、気がつけばこくんと頷いていた。

 頷いてからはっと目を見張る。いくら切羽詰っているからと言って、私は何をやっているの。先月で二十八歳になった自分の、まだ半分も生きていないような少女に頼るなんて、大人気ないにも程がある。

「だったら直してあげるよ」

 サラサの混乱もお構いなく、にっこりと微笑む少女。花が咲いたような可憐な笑みに、サラサは真っ赤な傘を取り落としそうになった。

(この子、すごく可愛い……!)

 この暗がりでもはっと目を見張るほど、少女の面差しは人目を引いた。淡雪のように透明な肌、ビー玉みたいな青い瞳。腰まで届くミルクティ色の髪は、緩く波打っている。ただでさえ人形めいた容貌なのに、フリルとレースがふんだんにあしらわれたドレスで着飾ると、フランス人形も裸足で逃げ出す愛らしさだった。

「お嬢ちゃん、迷子? お母さんとはぐれたの?」

 こんな夜更けに、麗しの美少女が雨の中に一人。この二十六区はお世辞にも治安が良いとは言えない。闇夜にはびこる人攫いにとって、お姫様もかくやという外見の少女など、格好の餌食だ。

 早く母親の元に帰さなくては。使命感に燃えるサラサに、少女はのほほんと微笑む。

「迷子なのは迷子だけど、お母様とはぐれたわけじゃないよ」

「あら、じゃあお父さんと来たの?」

「ううん。ユキと来たの」

 突然飛び出した個人名に、ぱちくりと瞬きをする。ユキ……お父さんの名ではなさそうだ。お姉さんの名だろうか。

「もし迷子になった時は、このおっきなビルの前で待つように言われているの。だから大丈夫」

 その「ユキ」という人は、少女に迷子になった時の指示まで出しているらしい。用意周到なのか何なのか。どうせなら迷子にならないよう、手でも繋いでやれば良いものの。

「でも、あなたみたいな小さな子が一人で待つのは危ないわよ。世の中には物騒な人もたくさんいるの」

「大丈夫。もしもの時のために、GPSをつけてもらっているから。例えぶっそーな人に攫われたとしても、すぐに場所がわかるわ」

 ぐ、と胸を張る少女に、頭を抱えたくなった。大丈夫な方向が百八十度ズレている。その「ユキ」という人が迎えに来るまで、自分が少女を守らなくては。

「あ、ユキだあ」

 少女の嬉しげな声に、はっと顔を上げる。満天の星空の元に注ぐ、銀の雨。絹のように細く柔い雨の中を、漆黒の傘がゆうらりと泳ぐ。黒傘の中から現れたのも、闇夜を切り取ったかのような黒。今となっては希少価値とまで言われる黒髪黒目を持つ青年が、真っ直ぐに少女を目指して歩いていた。

「お姉さん、紹介するね。あの人がユキ。テンカの修理屋さんをしてるの。だからきっと、お姉さんのお父様を直してくれるよ」

 少女の優しい声が、朦朧とした頭に響く。

 銀の雨の中で出逢った、漆黒の人。まるで、霧雨という水槽の中を泳ぐ、闇色の金魚。

 人が人を作る世界には、神様も奇蹟も必要ないと知っているのに。世界に見捨てられたサラサにとって、目の前の男が父を救う奇蹟であって欲しいと、願わずにはいられなかった。

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